*世界のベンチマーク(自伝)グアテマラ編(八)挫折

 職場を失った僕は少しの謹慎の後、警察学校の教官を務める事となった。警察学校はフルコンタクト空手という別系統のルールを採用している空手の隊員が働いていたが後任が決まらずポジションが空いていた。大学時代にキックボクシングをやっていたので実戦的な格闘技に対応できるという点ですぐ採用が決定した。

内戦が終わったばかりのグアテマラに警察組織は存在したものの実際の警察官の多くは軍人あがりで問題が多発していた。警察官と軍人の違いについては一般的にあまり区別がつかないと思われるかも知れないがその性質は大きく違う。警察官は市民生活を守るのが義務で、軍隊は非常事態下で敵のせん滅のみを目的としている。つまり手段を択ばず人命を奪うという非道徳な行為を生業としているのでよほどの強制力がないとモラルは分散し収拾がつかない状態を招いてしまう。現に当時の警察は汚職にまみれ犯罪者と結託し犯罪の温床になっていた。

そこで市民警察というものが編成され、一刻も早い治安の回復が図られた。僕はその市民警察の格闘技教官として指導する事になった。教官といっても急速に市民警察の人員を補強していた時期だったので一度に教えるのは400名ほど。細かい指導はできず、もはやラジオ体操状態になっていた。

教官は僕の他にも柔道、カンフー、ボクシングから1名ずつ指導にあたっていたが彼らは経験があるというだけで専門に学んだ訳ではなく正規の教官とはとても言えない。犯行現場の状況に対応する警官の数が圧倒的に足りない為、即席で市民警察のユニフォームを街中に送り込む為だけの組織と化していた学校にとってはそれらの実技科目は形だけあれば十分であった。第一、銃や刃物が巷に流通しているのに素手で渡り合うなど正気の沙汰ではない。他の授業を見てないのでわからないが銃の取り扱いに関してはもう少し丁寧なカリキュラムを組んでいただろうと想像する。

 当時のグアテマラの治安状況がわかるエピソードを一つ。ある日授業前にふと校庭を見渡すとロケットランチャーをつけたヘリコプターが止まっている。同僚にあれはなんだと聞くとこれから山間部にあるコカイン畑に向かうという。中南米は今も昔も世界最大の麻薬供給ルートだがそれはグアテマラも例外ではない。カルテルと呼ばれるマフィアが生産や輸送を仕切るが、内戦後に多くのゲリラがここに合流した。ロシアから武器供給や軍事技術支援を受け卓越した戦闘集団である反政府ゲリラは、白兵戦では警察も歯が立たないので上空から畑を焼いてしまうとの事だった。

まるで映画のような話だが、同僚は世間話でもするように軽く話す。彼らの親族にも警察官はいてその中には既に殉職している者もいた。彼らはいつも死を身近に感じて生きている。

 刺激的な日常とは対照的に、物理的、時間的制限から授業の精度を上げる事は難しく退屈な日々が続いた。

僕を解雇した後の協会ではドゥボンお抱えの新しい先生を擁立したがもともとの僕の生徒たちはこれにボイコットを起こしクラスは有名無実化しており夜のクラスは行われなくなった。結果、昼の子供クラスのみが残ったが、僕の解雇と連動してカルロスも協会での職を失いその後釜にドゥボン派のコーチがつくことになった。

一方で僕の生徒たちは連日協会の不正解雇に対して抗議の手紙を出したり署名を集めてくれたりして精力的に活動してくれていた。自主的に練習を行い、その夜に僕のアパートにきて練習の様子や進捗を報告しに来る。

 最初はそんな彼らの行動がとても嬉しかった。だが、2カ月3カ月と経っても一向に状況は改善しない。次第に彼らの練習場やカルロスの職を奪ってしまった自責の念から弟子たちに会うのが苦痛になってきた。しまいには何故、たいした力もないのに行動を起こしてしまうのだと彼らを責める気持ちにもなってしまっていた。

 自分の仕事など所詮JICAの都合で警察にパイプを作りに行っている伝書鳩のようだと考えるようになり、大学時代のような無気力な日々を過ごすようになった。