*世界のベンチマーク(自伝)ベトナム編(五)ベトナムの日常の裏側

赴任当初は毎日半泣きで過ごしていたが、日常生活は快適そのものだった。まずはなんといっても現地の料理が日本人の口に合うものが多いというのは外国で暮らす上で大きい。ベトナム麺のフォーなどは日本でも有名だがベトナム料理は基本うす口で、あまり調味料を使わないので胃もたれしにくく食べやすい。パクチーや香草が苦手な人には難易度が高いかもしれないが、非日本食の中では健康的な部類に入る。サラダを頼むと葉っぱの盛り合わせがでてくるので、草食動物の気分も味わえる。

ベトナム人は争いごとを好まない国民性なので、普段の生活で不快な思いをする事も少ない。グアテマラでは「チノ!チノ!」と中国人蔑視のからかいを受ける事がしばしばあったが、こちらではそんな事もない。ただし、タクシーがおつりをごまかしたり、レストランの給仕が注文を取り忘れたりと総じてサービスのレベルや意識は低い。注意をすると申し訳なさそうに同情を引いて交渉に入るのだが、他の国では外国時人相手だと居直る者もいるので少し可愛げが残る。

一方で忘れてはならないのは彼らは見た目とは裏腹にとてつもなくしたたかで忍耐強いという側面である。先述のH氏などは時にスタッフに暴力を振るって詰め寄ったりしていたが、彼らはその場では困惑した表情を見せたり、申し訳なさそうな笑顔で対応する。事後、しばらくして市の労働委員会から査察が入るなど、現場での反応とは裏腹に取るべき行動はしっかりしている。その笑顔が宣戦布告である事を知らない人は後から思わぬコストを支払う事になる。

 自分自身を小さく見せ、相手を油断させるのはスキルであり、同じだけ利口である事の証拠だ。VJCには約90名の社員がいたが、発音にクセがあるものの、ほぼ全員が英語を話し、パソコンのスキルも高い。エクセルのマクロも使いこなすし、マウスも使用しない。単純に比較はできないが、日本がこの時のベトナムと同じくらいの経済水準にあった時、同じだけのスキルを備えた人材で構成された会社が一体どれくらいあっただろうか。目の前で起きている現象だけで判断せず、注意深く観察してリスペクトをもって接すると彼らは徐々に本来の姿を現す。

 そんな食えないベトナム人に四苦八苦している人も多かったが、投資ブームは過熱していた。あまり知られてないがベトナムは売春大国でもある。投資進出セミナーを企画し、視察ツアーのアテンドを行うとおおむね好印象で国を後にし、決裁が下りるスピードは速まった。駐在者や出張者が行きたくなるような場所であれば社内でいかようにも論理や根拠は用意される。決裁者本人が関わりたければ当事者になるし、ただ出張に行く理由が欲しければ誰かを立てて、残った人員でババ抜きが始まる。

そんなやり取りや文化をベトナムの人たちは静かに観察している。先進国に生まれたからといって日本人が高邁な精神を持っているかといえば決してそうではない。