世界のベンチマーク(自伝) インド編 (二)インドルールいろいろ

インドは現在人口が13億8000万人の中国に次ぐ大国で2030年ころには世界一になる見込みだけあって多様性に富んでいる。その中でもインドだけのルールみたいのも数多くある。今回はその中で僕が特に印象に残った事を紹介したい。
まずトイレ!これは有名かも知れないがインドではトイレで紙を使わない。新築のオフィスでも便器と水桶と柄杓があるだけ。そして左手でがっつり便をとる。よって左手は不浄の手とされ、右手だけで器用に食事を取る。でも、でもね。手が2つあるからやっぱ使う時あるんすよ。スタッフはみんな優しいからよくナンやチャパティ(パン生地でできた餃子の皮みたいなもの。主食の一つ)を分けてくれるけど、そん時に両手使ってちぎってくれる。笑顔で「ありがと~」っていうけど、やっぱ心は複雑。長年培われた不浄ハンドが触れたものは食事じゃなくても、書類でもなんでも感染ってるかも知れないじゃないすか。
そんな時は静かに自分の想像力を殺す。全てを受け入れろ!と。そして自分がトイレを使う時も、柄杓に目を向けるとなぜか淵がいつも黒く変色している。答えのない疑問に対して常に心は揺れ動く。「先生!それってウン素ですか?」結果、僕はいつも徒歩3分ほどの距離にある5つ星ホテルを利用していた。
 次に無秩序な交通マナー。市内には信号が少ない為か基本的に道はいつも渋滞している。そして常にクラクションが鳴り響いている。「どけどけどけ~」我がもの顔に割り込み車間距離もギリギリ。しかしなぜかケンカは起きない。だってみんなそうだから。何より路上には牛サマが跋扈している。ヒンズー教で神聖な生き物とされている牛はカースト最下層の人々よりも市民権を得ている。ゆったりと公道を進み、気の赴くままにもよおす。牛糞オンザロード。あまりにカオスな状態で常に臨機応変な対応が求められる為、道を行く車の速度は総じて低い。そして時々、接触する。そんな時、運転手の様子を眺めていると、まず相手の運転手に駆け寄りお前が悪いんだ!と罵倒する。周りに観衆がいる時はお互いが自分の正当性を主張する。烏合の衆は関係ないので口を開かない。そのうちドライバー同士でビンタの応酬が始まる。そして何事もなかったように車に戻る。いつもこの繰り返しなのである日運転手になぜグーで殴らないのか聞いてみた。「だって危ないじゃん」との返答。あなたが正しい。
 最後にヒジュラの事を話したい。ヒジュラとはカーストの外に属される人々で、本来は両性具有の人々の事を指す。近年は去勢を行い女装した男娼も数多くこれに含まれている。不浄の人間という扱いを受ける一方で、孤児の受け入れをしたりして一定の尊敬を受けている存在でもある。彼らは新生児の誕生を祝う儀式や何かの節目でお祝いをする時に歌やダンスを披露する事でも生計を立てている。赴任して3か月ほど経った頃、1組のヒジュラのグループが事務所を訪れた。開所して間もない事務所だったのでお祝いをしたいという。当時ヒジュラの知識もなかった僕は一言で断った。彼らは祭事を取り仕切る存在なので呪術的な存在でもある。もし、断れば下半身をさらして呪いのダンスをお見舞いするという・・・おそらく僕だけじゃないだろうけど、見たい、見たい、、見たい! 僕はもっと挑発してやろうと身を乗り出すとスタッフに止められた。彼らは本気で恐れている。呪いを信じている。「価格の交渉をこちらでやるのでまかせろ」という謎の男気を見せられて部下に対応をまかせる事になった。
文化って不思議。翻訳機が違うと全然違って見える。恐山のイタコもインド人から見ればギャグ以外の何ものでもないのだろう。僕らを縛っている価値観や常識なんてちょっとしたキッカケで簡単に壊れる。