*世界のベンチマーク(自伝)グアテマラ編(五)異文化の洗礼

空手隊員は僕で4代目、スポーツ隊員は他にもバレーボール、体操、水泳、野球などあったが空手は他のスポーツと違って日本発祥であり、技術的にも文化的にもアドバンテージがあるので比較的上手くいくのではないかと楽観的に考えていた。

指導するグアテマラ空手協会の管轄する道場は首都のソナ5(英語でゾーン5)という区域にあり、首都圏で最も危険な地域の一つと呼ばれている。協会の管轄する道場は格安の料金で日本から本場の技術が学べるという事もあって人気も高い。生徒は近隣の貧しい家庭の子が多く、中学校を卒業していない生徒もいたが、基本的に練習態度は真面目で熱心に取り組む。

日本にはないハングリー精神というか「これで人生を変えるんだ」という熱意が伝わってくる。生まれ育った地域による格差は日本の比ではなく、特に貧しい地域の場合は、ちょっとしたきっかけで犯罪に加わってしまったり、ドラッグやギャングの抗争で命を落としてしまう事も珍しくない。やりがいや特技を見つけて人生を作っていくのは、豊かに生きる以上に自らの命を守っていく事にもなる。

協力隊の空手指導の歴史も10年目になるので黒帯の生徒も育っており指導を始めやすい状況にあった。僕の担当は夜の大人の選手を指導するコースで土日以外は毎日午後6時から9時半まで指導を行う。

指導の補佐をしてくれるカルロス・モンテロソは12歳より空手を始め先輩隊員より技術を継承された純正のメイドバイ協力隊選手で既に師範として昼間に子供のクラスを受け持っていた。先生と弟子とはいえ、同い年で誕生日がわずか3日違いの彼とはすぐに仲良くなり公私に渡り活動を支えてくれる存在になる。

協会の理事はドン・ドゥボン・カルロス。自身は茶帯までしか鍛錬を積んでいないがいくつかの道場のスポンサーになって信頼を得て、理事の地位を手に入れた人物。恰幅のいい白髪の60代の白人男性でスペインからの征服者の子孫で財を成した典型的なパターンだ。最初の挨拶でも紳士的かつ友好的に接してくれ訪問は快く受け入れられた。ところが前途洋々と席を立とうした次の瞬間、先ほど手渡した名刺をそのままごみ箱に捨て入れる姿が目の端に入った。一瞬自分の目を疑ったが、あえて何かを言う事はやめた。どこか心の中に後味の悪さが残った。

 指導を開始した直後は日本人が教えるという事で連日たくさんの見学者が訪れた。他の道場からも色んな人物が現れては自己紹介をしていく。協会に所属している他の道場にも呼ばれて交流も始まった。しばらくは穏やかな日々が続いた。

ある日、招待を受けた道場の一つで蹴りの防御を教えていた時にデモンストレーションを終えて、次のレクチャーに移行しようとしたところ、相手役の生徒が掴ませた蹴り足を一向に離そうとしない。どころか、にやにや笑い顔をうかべながらこちらを挑発している。まるで古いマンガの一場面のようだが本当の話だ。不思議と怒りは湧かなかった。このままでは仕事ができないなと冷静に考えた次の瞬間、頭突き入れて組み伏せ攻撃を加えた。ようやく名刺が捨てられた意味がわかった。ここではどんな肩書や実績があろうとも証明しない事は全て「なかった事」と同じになってしまう。僕はその日になって初めて彼らが望む「仕事」をした。

翌日からはより敬意をもって扱ってもらったように感じる。技術や心構えについても質問してもらえるようになった。

なぜ暴力になりかねないマイナースポーツの武道がこの国で人気が高いかようやくわかりかけていた。彼らにとって暴力や盗難に巻き込まれる事は日常の一部で決して特別な事ではない。自分や自分の愛する人たちがちょっとした不運で失われてしまう可能性があるなら普段からなるべく万全に準備するのは当然の事なのだ。日本で長年武道を続けていて真剣に「護身」を目的に鍛錬する人は少ないと思うが、グアテマラでは「護身」こそ人々が望むものだった。