*世界のベンチマーク(自伝)グアテマラ編(ニ)試験

(ニ)試験

青年海外協力隊の事業は基本的に支援国の要請に応えてプロジェクトが作成され、各プロジェクトの遂行に必要な能力を有する者を募集する。よって知識や資格だけでなく実際の経験も重視される募集項目も多い。空手の場合は筆記だけでなく実技の試験もあった。筆記は英語の配分が多くて、他には一般情勢や計算能力を問うような基礎知識を確認するものだったと記憶している。加えてそれぞれの専門分野に関する設問があり合計で採点される。

筆記で一次審査を通過した者が後日、東京の広尾に集められトライアウトが実施される。
無事筆記の合格通知を受け取った僕は全国から空手の猛者たちが集合する事への緊張と楽しみで眠れぬ前夜を超えて会場に向かった。そこは正に色んな意味で猛者が集まっていた。

審査官「君、どこで空手を習ったの?」

応募者「自分で練習しました。」

審査官「どうやって帯をもらったの?」

応募者「通信で取得しました」

審査官「・・・」

 ともかく真剣だったと思う。筆記をパスしたのだから勉強もしたのだろう。ちょっと間に合わなかったね。会場では過去の遺産を武器に応募した僕、大学の空手部の主将、町道場のエース、通信教育の有段者、それぞれ理由も出自も流派もバラバラな者たちが一つの目標に向かって精いっぱい自分の想いや技術を披露した。

当時、空手で募集があった赴任地は中米のグアテマラとエル・サルバドルの2国。「プラトーン」という映画をご存知だろうか?オリバー・ストーン監督が製作した戦争の悲惨な状況を描いたアカデミー賞受賞作品だ。同監督は「サルバドル」という別の戦争映画も作っていてその映画名を知っていた僕は秒速でグアテマラを第一希望任地に選択。そして運よくグアテマラ赴任に選ばれた時は手放しで喜んだが、グアテマラも1960年から赴任直前の1996年まで内戦状態だった事をのちのち知るというオチが付く。