グアテマラ編(十一)残してきたもの

帰国の日が近づいてきた。本来なら後任の準備などを進めないといけない時期だったが、自分に起きた数々の出来事や、4代続けて日本人が教えても現地に誰かが定着しない限り、協会の生徒たちの政治的な立場が弱いままである事を痛感した僕は後任の要請を取りやめた。無責任かも知れないが結局、自分で周りを認めさせてパワーバランスで主導権を取らない限り、やっかいな状況は続いてしまう。初代からのメンバーももう大人になった。自分達が次の世代の後ろ盾になる番だ。弟子たちには独立道場の設立を持ちかけた。生徒の一人で親が大農場を経営しているセルヒオという若者が支援してくれるという。苦楽を共にしたカルロスが道場を設立する運びになった。

 そこで僕に道場名をつけて欲しいというカルロスの願いを聞き入れ「拳和会(けんわかい)」と命名して看板を作った。お調子者のクセで自分の和哉という名前から一文字取り入れたが拳を介して仲良くやっていくという意味も込めている。だが、場所の選定など細かい条件をスピーディに詰める事ができず結局道場の完成を見ずして帰国の日を迎える事になった。

 こうやって若くて無謀な僕は、実力もないのに自分の考えややり方にこだわり弟子たちを巻き込んでずいぶん苦労をかけてしまった。しまいには後任の要請も断ち切り、自分の足で立てと突き放している。楽しくそして苦しかった日々の最後に残った感情は喜びや安堵や怒りでもなく、祈りだった。

 2010年8月4日、グアテマラを経って11年後、Facebookに一つの友達申請が届いた。

「Kenwakai Guatemala」

神様に声は届いていたようだ。

あの日の僕を支えてくれたカルロス・モンテロソ、エドゥガル・イクテ、アンヘル・ゴンザレス、エリック・カメロス、アントニオ・バレンシア、チュス・オビスポに改めて感謝の気持ちを述べたい。

そして、医者にして画家であり、裕福な身分でありながら貧しい人にも公平に付き合い、20歳も歳下の僕の事を先生と慕って道場に通い続けてくれた心やさしきアグスト・エストラーダの冥福を祈ると共にこの章を捧ぐ。