*世界のベンチマーク(自伝)グアテマラ編(十)転機

着任から1年が過ぎようとする頃、グアテマラ空手界の3大派閥の一つUSAC大学のアルトゥーロ・アルマスから特別講師として指導依頼が入った。アルトゥーロ一派は最古参の道場群で大学生を主な対象に指導しており生徒数も多いが、資金力が弱く、富裕層を背景に持つギド一派やビジネス手法で大きくなったドゥボン一派の後塵に拝していた。アルトゥーロと僕は糸東流という同一の流派を母体としているのに加えて、僕の師匠筋にあたる谷長次郎先生をご存知だった。谷先生は英語教師の傍ら空手の普及に務め、ヨーロッパを中心に組織を展開した人で、独自の身体理論を持っており、フライパンを突いて、拳の形の部分だけ隆起変形させるなどのパフォーマンスで海外でも一目おかれる存在だった。
そんな縁もあり始めた指導で昼は大学、夜は自分の道場と1日5時間ほどの練習で10キロも痩せてしまうほどであったが、教え子たちの実力はメキメキと上達した。

 そんな中、USAC大学の選手の一人でカルロス(協会で僕のサポートをしてくれたカルロスとは別人物)という若者が国内代表選抜の組手部門で小柄な体格ながら無差別級で優勝するという快挙を成し遂げた。僕の直接の教え子ではないが、技術指導が評価されたのか、結果至上主義のグアテマラにおいて追い風が吹き始める。

 着任から1年半、帰国まで半年ほど残した時点で、グアテマラ空手協会より正式にコーチ復帰依頼書が届く。詫び状を持ってこいと言われたJICA所長室にこのレターをもって乗り込もうとしたが、本人は入り口に鍵を閉めて出てこない。しょうがないので蹴破ろうとしたら職員に取り押さえられた。その時の職員さんの「しょうがないじゃん。俺だって、サラリーマンなんだよぅ~」のひと事でなんだかどうでもよくなってしまった。