(五)中国の商習慣

中国の商習慣の特徴として賄賂はみなさんすぐ思いつくだろうが、これは中国に限った話ではなくどこにでもある。グアテマラやベトナムでもあった。日本でも、談合など間接的な形では不公平な取引はいくらでもある。ただ、中国が圧倒的に違うのはこの習慣がビジネスの根幹を成しているところだ。合理的とか非合理的を超えて普通の事なのである。中には俺はこれだけ賄賂を貰ってるんだぞ!と影響力を誇示する為に公言する人さえいた。その真意は別としてあまり隠さないという部分には当惑を覚えた。僕は中国側が管理する合弁会社にいたので、それ用の予算がある事を知っている。接待交際費の幅は不自然なほど大きく、時には伝票が立てられないので代替用の名目処理のための伝票も用意してある。

 そして何よりも驚いたのが、現地の日本の駐在員がその習慣を取り入れている場合も多いという事実だった。当時の大連店の顧客として日系の大手電子メーカーがあったのだが、赴任の挨拶に訪れたところ、26歳の日本人物流担当の若者から、明確に賄賂か女性接待を要求された。日本で同じ事を言えば冗談でもクビが飛ぶ。その後も直接的、非直接的に日本人が立場を利用して私腹を肥やす場面を目にした。

 僕は自身の家庭環境からどちらかというと西洋的なモノの考え方を教育されてきたので契約書や約束より、立場や好き嫌いが優先される習慣を受け入れるのが難しかった。何よりサムライだとか礼儀とかカッコばかりつけている日本人がこんなにみっともないのかと悔しい想いがこみ上げた。中国通を自称する日本人でダイナミックさとかスピードを強調するタイプの人は自身も不公正な取引に関与している場合が多く、長年の嗅覚で区別ができるようになっていた。日本人社会内で騙す騙されたが横行するような事はあまり他の国の日本人コミュニティ内では見られる光景ではなかったが中国は特別だった。環境の持つ強さと、人間の持つ弱さについて改めて考える機会になった。

 正攻法しか採択しなかった僕は売上の達成に苦しんだ。客がするのは勝手だがこちらは手を出さない。そんなスタンスで考えて臨んでも手を汚さない者を信用しないという顧客から見れば使い勝手が悪い営業に過ぎなかった。日本のお客様で理解のある会社に関しては取引ができたが、日系でも大手で中国人を担当に置いている会社になると取りつくシマもない。量を稼ぐには安く大量にばらまくのが中国人の好むやり方だ。次第に僕は前線から退き、中国人の営業を使って顧客の確保を図った。接待や賄賂の相談は中国人の上司とやってくれというスタンス。中国系の管理下で働いている身としては、継続性はあるが大量の商売を持ってこないという僕のやり方は評価に値しないものとなっていった。そんな時、僕はある重大な秘密を知ってしまい、大きなトラブルに巻き込まれていく事になる。