(四)最初の躓き

家族が中国にやってくる前日、マンションの電話が鳴る。受話器を取る中国のお姉ちゃん。しばらく間をおいて、それを引ったくり

「え、ああ違うんだよ・・・。あれは商売の人で・・・」

混乱して言い訳もしどろもどろ。電話はそのまま切られた・・・。よく考えればそのまま受話器に触らずに電話が切れるのを待ち、再度電話が鳴ったところでシラを切ればよかったのかも知れないが、完全に冷静さを失っていた(笑)。

次の日、祈りが通じたのか家族は無事大連空港まで来てくれた。険悪な雰囲気。妻はほとんど口を開かない。彼女の怒りは女性関係ではなく“私が幼い子供を連れて必死に準備しているのにくだらない事にうつつを抜かしていること”であった。自分にできる事は土下座のみ。

 厳しいスタートを切った中国生活だったが親子3人で暮らす事が切なる願いだった事もあり徐々に家族の姿を取り戻していった。しかし妻の不信感が伝番したのか、生後1年2カ月の息子が僕と寝ることはそのまま今に至るまでない。

大連市は日本から進出したレストランがたくさんあり、外食に困る事はなかったし、漫画喫茶ができるほど日本人が多く、娯楽施設も充実している。家族で過ごすには適した場所で週末の生活は充実していたが、仕事面ではこれまで遭遇したものとは別の文化の壁、商習慣の壁に躓いていた。

 様々な国を渡り歩いてきたから大丈夫なんてものは何もなく、一つとして同じ文化なんてない事実。そしてその一つ一つに対して無力な自分を再確認してスタートを切る。毎回慣れない(笑)。できればショートカットを見つけたいが、少なくとも僕の経験上そんなものは見つけられなかった。