*世界のベンチマーク(自伝)中国編 (一)変更されたシナリオ

家族には相談せず会社を辞めてしまったのでまたしても妻を困らせてしまったが、日常はそれどころではなく、大急ぎで転職と引っ越しの準備に入っていた。以前は海運を中心とした物流会社であるが、今度は新たな挑戦の意味も込めて航空系の物流会社。まずは成田で1カ月ほどの研修を終え、すぐベトナムに戻る。
ちゃんと事前に給料の条件も確保してあるし、やっと家族とも海外で一緒に生活を始められる・・・はずだった。

転職先のJPTグループは日系でありながら、本社を香港に置くグローバル企業で諸条件は本社の幹部と行った。月給を話し合いによって決めるのでいわゆる年俸制と内容は大差ない。海外駐在が前提だが社会保険や年金の制度を適用する為にも子会社であるJPTジャパンに籍を置く必要があるという。ヘッドハントを受けた立場なので強気に交渉が出来ていて、転籍した時点で約束された給与が入るはずだった。しかし実際はなぜか研修中の給与はJPTジャパンの水準に引き下げられた上に、家賃名目などで研修中借りている社員寮の家賃などが差し引かれ、アルバイトにも満たないような金額だけが残った。

当然、抗議の連絡を複数回入れたが一向に返事はない。冷静に自身の雇用条件を確認してみると約束の文面はエクセルで作成されたもので、サインがない。差出人や日付が特定できるので法的効力は主張できるが、正式な雇用契約書とはいえず訴えても相当時間を要してしまう。今は不利な条件でも飲まなければ当面の生活もままならず、目的である海外での家族との生活も遠のいてしまう。

 更に追い打ちをかける事態が起きた。なんとベトナムの時に揉めたО氏がわざわざJPTグループに直談判し、僕のベトナム赴任を変更する申し入れをしたらしい。「ベトナムの客が全部流れてしまっては困る」というのが理由だそうだ。僕は詳しく知らなかったのだがJPTはK社系列のCシッピングの外注先として時々貨物を取り扱う事があったようだ。しかしもっと驚いたのはJPTがこの申し出を受託してしまった事だ。ベトナムで僕をヘッドハントした理由は僕と繋がっている顧客を自社に取り込みたいという思惑があったに違いない。にも関わらず全く同じ理由で相談された競合からの申し出を聞いて路線変更してしまった。会社間の事情はあったのかも知れないが理解に苦しむ。О氏の申し出を受けて承諾したH田さんは、僕の面接を行い条件や採用を決めたのと同じ人物。少なくとも先の条件の食い違いの件と合わせてH田さんを判断するには十分なきっかけになった。

 という訳で転職当初から不信感マックスで新しい門出を迎えるハメになった。自分の人生は自分で選んで切り開くという考えで生きて来たが、僕の場合は動いた分と同じだけ強い修正圧力がかかるようだ。信用がない相手と仕事をしてもいい方向には行かないのはわかりきっている。だけどそれ以上にいつも先走って迷惑をかけている家族に「間違った」のひと事で済ませられないし、降ってきた運命に背を向けられない。怒りと悔しさがやる気に火を付けた。