世界のベンチマーク(自伝)帰国編(七)格闘家復帰への道 パートⅣ

大学を卒業してそのまま名古屋の企業に勤めたものの、わずか8カ月足らずで東京に転勤、その後は海外を転々としてきた為に名古屋に住むのは実に13年ぶり。妻はこちらの地元なので「困った」を連呼しつつも、ちゃっかり親の家からほどほどに近い(距離感が絶妙の)マンションを見つけて、結婚以来、初めて落ち着いた生活が始まる事に喜びを隠せない様子だった。

名古屋で格闘技を再開する際に、候補にあったジムは2つ。古巣のアライブとアライブ時代の先輩のUさんが開いたネックススポーツというジム。名古屋の格闘技界は派閥争いが激しく、所属するジムによって出稽古などに制限が付く。名古屋を不在の間、色んな噂が耳に入って来たが自分の目でみて確かめないとわからないので両方のジムで体験レッスンを受けてみる事にした。

Uさんに連絡を入れ、まずは名古屋の大須商店街の近くにあるネックススポーツを訪ねる。1階が中華料理屋で2階はボディビル御用達のトレーニングジム。その2階の一角に少々不潔だが、男が黙々と戦うのにぴったりなマットスペースが見える。誰かが練習している様子はなく物音もしない。ドアを開けると、見学用のベンチの前に一人ガタイのいい青年が寝転がっている。聞けばこの人、Оさんと言い、彼も過去アライブで練習していたらしい。だがお互い面識はなく同じ話材を共有できる初対面の人という奇妙な対話になった。会話に少し緊張感が漂う。「じゃ、スパーリングしますか」というОさんのひと言で、誰もいない道場で二人の男が戦うハメになった(-_-;)

最初はグローブと脛を保護するレガースを着けてキックボクシング。普通に強い、しかもマスボクシングといいながらかなり当たりも強い。ただし、僕は空手出身でキックボクシングも経験しているので基本がしっかりしている選手ほどクセがパターン化しているのがわかる。キックボクシングの蹴りは基本的に脛の固い部分を当てるのだが、僕の蹴りはつま先を使う。このつま先を使った回し蹴り(通称:三日月蹴り)が面白いように決まる。

2~3ラウンドして力量査定が終わったのか「じゃ、今度は寝技で」という訳で組技のスパーリングに入る。途端にバンバンやられる。前半の負け分を払拭するほどの回数を重ねると満足したのか「強いですね~♬ぜひ、入門してくだ~い♬待ってま~す♬」という言葉をもらい開放された。

後にОさんは道場内で有名な道場番長である事を知る。彼はジムで最も仲の良い友人の一人となり、セコンドにもなってもらい、穴兄弟にまでなった(笑)。

もう一つの候補のアライブでは懐かしい顔として歓迎してもらったものの、体験入門時点で入門書の記入を薦められた事が心の中で引っかかってしまい、ネックスのお世話になる事になった。

僕は新入社員以来、残業は一切しない主義で毎日6時には仕事をあがっては連日練習に顔を出した。帰るのは午前0時を超える事もたびたびあり、ご近所から見ればとても仕事熱心だが、その実、ただ自分の趣味に時間を費やす男である。

 一方で、家庭の方ではある問題が浮上してきていた。小学1年で転校した息子が学校で上手くいってないらしい。もともと繊細な割に我が強くたびたび母親を困らせて来た子だったが最近特に周りの友達との軋轢が多くイジメの対象になっていた。悩んだ妻が方々で相談や情報収集を繰り返すうちに「発達障害」という症状にたどり着いた。感情やこだわりにクセがあり、コミュニケーションに難を持ちやすい傾向から自己肯定感にコンプレックスがある子が多い。社会の多様化に伴い年々増加傾向にある。息子はそれまで海外で育ったので比較的自由な環境があったのと、周りの子どもたちもいわゆる「変わった子」が多く特別問題視する必要がなかったのだが、帰国してみると日本の同調圧力やしきたりにうまく対応する術を持たない息子は餌食になってしまった。親の責任でもある。

よくよく調べると発達傾向は遺伝であり、僕自身の子ども時代を振り返っても幼い頃からずっと変わり者で息子との共通点は多い。おかげで反骨心という武器を手に入れたが、妻は別の方法での解決を試みていた。

そんな折、ネックスの代表であるUさんから「試合に出てみないか?」という打診を受けた。ここで長年くすぶっていた選手復帰へのかすかな野望と息子の為に父親としてできる事が重なった。

僕の持論の中では、人間である限り、いつでもどこでもどんな対策を取ろうともイジメは発生する。イジメは生物として我々の中にある同調欲求と比較欲求のバランスを取る為に起きる出来事でしかない。長年、海外でマイノリティとして過ごした僕は存在するだけで攻撃の対象であったり、畏怖の対象であったりして一人ぼっちには慣れていた。息子にできるアドバイスはとてもシンプルで

「いいか、鉄平(息子)。お前が悪いからイジメられるんじゃないぞ。弱いからイジメられるんだ。頭でも、身体でも、心でもなんでもいいから強くなれ。この世は相手に悪気があろうとなかろうと弱くてそこから逃げようとしたら更に損するシステムになっている。でも、努力で変える事はできる。口で言うだけは嫌だからお父さんはお父さんで精いっぱい頑張る姿を見せる」

という訳で8年ぶりの復帰戦は野田家の家族行事とも重なって一丸で調整を行い試合の日を迎える事となった・・・。