世界のベンチマーク(自伝) インド編 (三)インドのマネージメント

インド赴任から3か月後、無事住む家も見つかり家族との合流も果たした。ちなみに比較論で言うと中国赴任時の日本人駐在者の生活レベルは中上流層に当たるが、当時のインドでは超上流に当たる。経済が相対的な現象だという事が実感できる。ニューデリー市内はマンションタイプの賃貸は少なく、家そのものやフロアごと貸切るタイプのものが主流だった。僕たちは領事館が同区画に立ち並ぶような高級居住区の一角に住む事になった。
一方で職場は空港近くにあるおんぼろ事務所。インドでは区画によって所得層や仕事も切り分けられていて、僕が携わっていた物流に関わるものに関しては人、サービス、インフラが社会的に下位とされる位置づけだった。ベトナムでは物流業界は比較的エリート層の仕事だった事とは対照的だ。
 JPTは良くも悪くもほったらかしの会社である。運営はパートナーにまかせっきりなので全く内情を把握しておらずオペレーションで問題が起こることもしばしば。それら問題の解決と地場ビジネスの展開を図るのが僕のミッションだった。ところがフタを開けてみるとインド側の合弁先の役員になんと過去に本社と代理店契約において法廷闘争し、日本側が敗訴した当の本人がいる。そして僕の直属の上司に当たる。笑えないジョークだが、文句を言っても後の祭りで自分の身は自分で守らなければしょうがない。
最初に手配したのは運転手。交通マナーが整備されてないインドでは余分な事故や訴訟を避ける為にもドライバーは必須だった。しかし、会社まかせでドライバーを手配すると、スパイになる可能性がある。というか必ずなる。そこで日系会社向けにドライバーを手配している会社のサービスを何度か利用してコレはと思う運転手に直接引き抜き交渉を申し込んだ。運転手はたいてい地方からの出稼ぎ組で会社から安定的な仕事や身分を保証されている身ではなかったので誰もが会社に不満を持っている。比較的にスムーズに事は運んだ。子供の幼稚園への送迎や移動で常に家族がお世話になるので間違いは許されない。人格や技術はもちろんの事だが忠誠心という目に見えないパラメータを図る必要がある。人は目的がある時必ず嘘をつくので、話そのものよりも表情やそこに映る葛藤を見る事で人となりを判断する。
そして分かり合う事以上に大事なのは生殺与奪兼を握る事。綺麗ごとだけでは家族を守れない。インドにおいて力関係を保持するのは信頼を担保する意味でも必須の事項になる。カーストによって分断されている社会構造を別の側面から見ると、所属カースト以外の人にどんな不義理をしようとも自分の生活には影響しないという事を意味している。
カーストの縛りというものが想像しにくい人に例え話をしたい。法治国家の概念ではなかなか理解し難いと思うが、ある村で一定のカースト集団がいたとする。その中の一人が派手な衣服を身にまとったり、礼拝の方法を変えたりとそれまでのしきたりと違い起こす。すると批判はその本人だけではなくその家族にまで及ぶ。本人は都市部で経済的な成功を収めていたとしても、家族は村の中では物を売ってもらえなくなったり、あらゆる行事から排除されてしまう。カーストのルールは法より優先するし、文字で明記されている訳ではないので、イジメそのものや根拠を証明するのも難しい。そうやってカーストは静かに個々の心の中に強固な壁を築く。
 かくして四面楚歌、日本人一人駐在、権限なし、カーストの異なる部下というないないづくしの状態でチャレンジが始まった。