*世界のベンチマーク(自伝)中国編(六)支店解体

外国から日本に帰る便のスペースを貨物で埋める事を目的としたJPTの特徴は売上の割合に中国の顧客が多い事であった。中国の顧客は著しく利益率が低いが貨物量は多い。逆に日系の顧客は扱い量的には多くないが利益率が高い。よって利益のバランスとしては日中半々といった配分になっていた。

赴任して半年あまりが経つ頃、ふいに日本の協力会社の要請で手配した案件の詳細に目を通していると想定されている利益よりかなり低い数字になっている事に気付く。1件だけではなかった。同社の取扱いに関して見積通りに利益が落ちていない。想定外のコストがかさみ利益をかなり圧迫しており、営業利益段階で800万円以上のロスが生じている。これを偶然と捉える方が難しい。想定外で発生したコストの明細をコピーに取り、担当者の名前も割り出して一つ一つに裏付けを取っていく。

一通りの背景は理解し、証拠書類も揃えたがすぐには使わない。というか使えない。コンプライアンスはその企業の活動を監視する世間の目から会社を守る為に存在しており、遵守するか否かはモラルの問題より運営の問題が優先される。大連支店の売上がある程度出ている間は一切の行動を控え、情報収集を徹底した。

彼らが日系の顧客に手を出したのはやはり仁義を外れていると感じていた。商流の決定者同士で交わされた同意であれば良くも悪くも当事者の責任問題である。しかし、日本人同士で取り決めた内容を下で働く担当者の間で変えてしまったのなら話が違う。ナメられたらそのままにしないでケジメを取る。それは感情の問題ではなく、その後に起こりえる事態への布石になるからだ。中国に教わったルールだ。

案の定、緊張感を失った組織は徐々に綻びを露呈した。取扱い物量に対して不自然なほど低い利益が続く。純利益とキャッシュが目減りし、中国人社長から説明を求められた大連総経理の陳氏は僕の経費が高いという言い訳を始めた。チャンスは逃さない。会議の次の日、日本人上司に証拠記録の一切を手渡し、反応をうかがう。大企業病にかかったサラリーマンは自分の手に責任が残るのを嫌う。彼が香港の本部に相談したところで判断は手元に返ってくるだろう。僕の狙いは中国人社長に相談が持ち掛けられる事。社長は30代半ばにして10億円規模の会社を作り上げたやり手の女性。教師を両親に持つ貧困家庭出身の彼女はきっと幾多の困難を乗り越え、手段を選ばず現在の地位を手に入れたはずだ。彼女の嗅覚に賭けた。

 彼女が大連支店の利益が少ない事態にはずいぶん前から気付いていたはずだ。つまり“やりすぎるなよ”というメッセージを陳がどう理解したかが重要なポイントになる。中国のルールに従った場合、利益以上に畏怖を示さない者には即時に制裁が与えられる。外国の地で日本人が自国の正義感で争いを制しようとするのは愚の骨頂で、彼らの考え、解決したい問題に沿う事でやっと方向を一つにする事ができる。

問題はあっという間に解決した。中国において力を持つというのは日本のように単にお金を持つという意味ではない。必要に応じて弁護士、警察、ヤクザを使いこなす必要があり、表面化する事実はともかく、自分の手を汚したくないという甘い姿勢の者が組織を率いる事はできない。

陳は着服した金を全て返金したが、“調子に乗った”事実をくつがえす事はできず、ジ・エンド。彼の人脈に連なる者もすべて解雇され、気が付けば20人前後いたスタッフもわずか2人になっていた。