続・インド編 (四) 保証のない約束

赴任先の支店は自社と提携先のパートナーを繋ぐ重要な拠点であったが、実際のプロジェクトは日本やシンガポールで発生する為、店舗の運営経費を確保するにはそれなりの売上が必要であった。といっても当時のインドの銀行金利は7~9%ほど。仮に一億円を口座に置いておくだけで700~800万円のキャッシュができるので、債権の取り立てが難しいインドでは利益率の低い商売を始めるとかえってキャッシュを減らすリスクになる。

 だが当時は案件が一つしかなく、とてもではないがスタッフを雇い入れて支店を大きくしていくような状況にない。そんな大赤字であった場所に更に費用のかさむ僕がやってきた。稼働していたのは塗料の原料で使用されるインド原産の「ひまし油」の輸出で古参のインド人スタッフのルジュールという若者が担当についていたが、僕を含めた他の3人はヒマを持て余している。

 インドの商文化はイギリスの植民地下にあったせいか、西洋に近い。その為個人主義が強く、スタッフは仕事の共有を嫌う。資本主義の原理に基づき、自身の希少性を高める努力を怠らない。

 もう一人のインド人スタッフ・ハルディックは当時24歳の新入社員であったが、連日先輩のルジュールによる嫌がらせを受けていた。仕事が一つしかなかった事もありルジュールの生存本能においてライバル視されていたのかも知れない。Oとハルディックの関係性は僕の介入によって既に解決していたが、現地人同士の関係に口を挟むのはやはり危険が伴う。しかし、彼の備品が盗まれたり、携帯電話の通話サービスパックが勝手に変更されるなどあまりに幼稚な事件が続いたので、ある日、ハルディックを呼び出してルジュールに警告を出そうと思うが後から嫌がらせが加速すると更に始末が悪いので本人の意思を確認してみた。

「せっかく野田さんが来て、社内がいい雰囲気になっているのでそれは辞めて欲しい」

「だけどお前、それじゃ仕事もないし会社にも居づらいだろう?」

 ハルディックは無言で下を向いた。僕はこの若者を買っていた。男前でよくサボる。つまり、魅力的で要領が良いという事だ。そして自分が損しても仲間を売らないという信義がある。
 「わかった。じゃあ、お前の居場所を確保する為にも仕事手伝ってやるよ。何か少しでもいいから可能性のある案件ないの?」

 「もしかしたら時々オファーがあるレンズであれば拡販できるかも知れません。年間わずか10万円ほどの売上げですが、定価の倍で見積もりしても販売が成立しているんです」

 K社は監視用や精密検査用途のカメラとレンズを製造する子会社をもっていて、アメリカとヨーロッパで一定のシェアを持っていた。日本でもファナックなど大手を顧客に持つ。ただハイスペックすぎて当時のインドマーケットでは需要を確定できていなかった。

 その反面、先述の通り、インドは欧米の商文化を持つ。旧領主国のイギリスで評価が出たものであれば勝負はできる。日本製品が植民関係にあった中国や韓国を経由してその他のアジアに広がっているのと相似しており、その橋渡しは華僑が担っている。印橋の大部分はイギリスに情報ルートを持つので、性能の裏取りや価格水準は熟知した上で駆け引きをしてくる。ゲームの種類がわかればチャレンジはできる。

 「わかった。じゃあ、それで行こう。俺は約束するよ。その案件を当ててお前を日本に連れていく。それもがっつり売上を上げて招待されてだ。」

 アイツはその時まだ半信半疑だったけど、ど素人2人によるゼロからの挑戦が想像もしない展開を迎える事を後々、知る事になる・・・。