続・インド編 (七) カメラを止めるな!

依頼はインド最大の発電会社タタパワーからやってきた。発電所はムンバイ港の岸壁沿いにあるのだが、海上からやってくるボートを監視するのだという。

 これには政治的背景があって、2008年11月にムンバイ同時多発テロという事件があったのを記憶している人はいるだろうか。インド最大の都市であり、商業の中心地でもあるムンバイ(旧ボンベイ)でホテル、駅、病院、レストランなどに同時多発的に10件のテロが発生し、174名が死亡(うち34名が外国人)、負傷者239名という大きな惨事になった。犯行声明はデカン・ムジャヒディーンというムスリム組織から各報道機関に送られ、電子メールの発信元はパキスタンだった。

 インドは建国以来カシミール地方の領有を巡ってパキスタンと紛争が続いている。というかそもそもパキスタンは元インドで英国から独立する際に良くも悪くもなんでもOK主義の建国の父マハトマ・ガンジーが信教の自由と選択を国民に選択させた事で、イギリス占領下にインドだった土地は更にパキスタンとバングラデシュに分かれてしまった。ヒンズー教徒が大多数であるインドにおいてマイノリティであるイスラム教徒は自分たちの居場所を求めてパキスタンとバングラデシュを建国したという流れだ。バングラデシュとインドは友好関係が続いているが、パキスタンとは衝突を繰り返し1999年には核保有をめぐって一触即発の危機にまで及んだ。見た目的にも言語的にもパキスタンからのテロリストを見分けるのは難しく、インド国内に協力者がいる場合もある。そしてムンバイ同時多発テロは海上からボートでの侵入を通じて行われた。

 そんな訳で基本的なインフラに関わる設備では国境警備に関してものすごくセンシティブになっていて高性能な監視性能を求めていた。そこにわが社の製品がマッチしたという背景だった。

 光栄な申し出であったが、一つ大きな問題があった。うちの製品が兵器の一部とみなされるのか否かというポイントだ。技術的には現実的ではないが、銃器のスコープのように使われるのは避けたい。一方で監視という視点ではテロ防止に大きく貢献できる。

 無責任・たらい回し主義的な日本の商習慣に従ってしまうと、本社に打診した時点で握り潰されてしまう。そこでまずは客の方から、監視という本来の目的以外には使用しないという誓約書をもらった上で、在インド日本大使館に相談した。外交参事官のMさんは前職におけるインド駐在時に知己になった人物でお互いに2度目のインド駐在で何かと話しやすい関係にあった。経産省出身のMさんはインドと日本の経済交流に寄与する事に積極的でとても親身に協力をしてくれた。世界第2位の人口を持ちGDPの成長著しいインドに日本のみならず各国揃って先行投資をしている時期だったので少しでも実績を残しておくという思惑もあったと思うけど。

 あくまで門外漢で責任は負いませんよ、という前提の上でMさんからこちらのカメラやレンズの販売が外交上や武器輸出の観点で問題にはならないだろうという言質を得たのでこれをもって上司および本社に相談した。神妙な顔を作って「実は・・・。」みたいに演出してね(笑)。

 ショーンKが活躍できちゃうぐらい印象や権威に弱いのが日本のお家芸なので作戦はバッチリはまった。MさんはTPP(環太平洋パートナーシップ協定)の条項作成に参画していたぐらいの人物だったのも影響したのか、社内での認可を得る事ができた。

 ちなみに僕がMさんと仲良くなった縁は世耕経済産業大臣が来印した時に室内加湿器が欲しいと言ってたのでうちのを貸してあげたというただそれだけです(笑)。

 無事、タタパワーに商品を納入したら、狭い世界だから噂が広がるのが早いのか今度はBEL(Bharat Electronics Limited)という会社から同様の引き合いが来た。

 こちらは民間の会社ではなく、国営の軍需企業だ。オイオイオイ、もう俺の手に余るよ。ハルディックと2人カフェで交わした約束はとんでもない所まで僕らを運んでいた。