続・インド編 (十二) 宴のあと

大きな大会が終わっても、僕とプージャンの日常は変わらず練習の日々は続いた。ただそれ以降アニールは道場には現れず、他の生徒たちもやり甲斐がなくなったのか全く姿を見せなくなった。噂で聞くところによると、アニールは国内で非公式の総合格闘技の試合に出場して1勝1敗。その後、アメリカに渡ったようだ。Facebookで時々マッチョになった身体をアップしているのを見かける。今でも格闘技を続けていてくれると嬉しい。

その代わりといってはなんだが、アーメダバードに駐在していた日本人がちらほら練習に顔を見せるようになった。現地に在住している建築士のI田さんはすっかりレギュラーメンバーになりマットや防具を寄付してくれた。僕以外の日本人と関わるのはプージャンにもいい経験になったようだ。

なかには空手や柔道のバックボーンを持つ人もいて一般人でも強い人がいるという事実はプージャンの日本人全体に対する敬意や態度に現れるようになった。彼はジム開設の準備に入っていた。既に小学校の体育教師と空道の師範として生活の糧を得ていたが、自身の名で身に着けた技術をインドに浸透させようとしていた。どうやら指導者を1人だけ作るという当初の目的は達成されたようだ。

思い返せば、指導の途中でブチ切れて帰った事もあるし、30過ぎの師範クラスのおっちゃんをしごいて泣かした事もある。とてもいいコーチとは言えないと自省する部分もあるが生徒からはたくさんの事を教えてもらった。

インド人は生来の詐欺師だけど、全然捨てたもんじゃねぇ。顔には出さないが想いはあるし、ここぞ!という時は恥も外聞も捨ててこうべを垂れる事もできる。

実は指導を3ヶ月ほど放棄した事があった。何度注意しても、腕立てやスクワットなどの基礎運動をごまかしたり、談笑しながらスパーリングしたりしてとてもやる気を感じられなかったからだ。それも個人ではなく、グループ全体がズルをするのでキリがなかった。お金をもらってない以上、何の義務の生じないので指導を辞退した。

するとプージャンだけが個人的に稽古をつけて欲しいと個人的に連絡を寄越した。僕はまだ彼を信じられなかったので、わざと練習を1時間遅らせたり、40分以上縄跳びだけをさせるなど辛い態度にも出た。彼は文句ひとつ言わずに付いてきた。下手くそだし暗い奴だけど、自分を諦める事は決してなかった。その姿勢は道場に他の仲間にも伝播した。僕が彼を導いたのではなく、彼は自分で選択して辿り着いた。

そしてすっかりスパーリングも僕と互角の攻防を繰り広げるようになった。いや、師匠への遠慮があるからもうきっと俺なんか超えている。お互いぜぇ~ぜぇ~言いながら床に這いつくばっていると、プージャン、こちらを見てひと言。

「先生、今の僕ならあのロシア人に勝てますか?」

インド格闘技界の未来は明るい。